ブックレビュー ハリー・クレッシング


料理人


(★★★★★ 星5つ)

物語らしい物語である。ストーリー運びがすべてといえる。過去に反目し合っていた片田舎の2つの名家の片方に、ずらり著名人の名が並ぶ推薦状を携えて訪れた料理人。特異な風貌と威圧的で自信に満ち溢れた態度ですべてを変えていき…、という設定が童話的であり、どきっとするような残酷な場面、表面的にはすべてが正しいはずなのに、おどろおどろしい不穏な空気を感じさせ続けるところなどなど、展開に目が離せない。
ただ、訳文はおそらく原文に忠実なのだろうが、文章的な味わいは少ない。修辞的・比喩的な面白さは文章中に見つけることができないのだが、その淡々としたところがまたストーリーに集中させる策でもあるのだろう。

そして、こんな本を書いたのは誰だろうと調べると、一層興味を引くことには、著者ハリー・クレッシングは、経歴・身元とも不明なのだ。誰かの変名だそうで、版元が出版時にすべてを伏せてこの本が刊行されたのだという。日本語の単行本発行は1967年とアナログ社会の昔であるがゆえに(俺の誕生年だ 笑 ちなみに原本は1965年)、今となっては掘り下げることもできない。
この『料理人』、1970年には”Something For Everyone”のタイトルで映画化もされているようだ。

ともかく、世代を問わず読む価値のある本。そして、食の喜びがどんなに人を有頂天にさせ、あるいはひどい食がどんなに食べる人を貶めるかについて認識のある人なら、興奮しながら読むことになるだろう。