ブックレビュー ドン・ウィンズロウ


フランキー・マシーンの冬(上・下)



(★★★★☆ 星4つ)



(★★★★☆ 星4つ)

マフィアの抗争が一つの柱になっているハードボイルド物。既にロバート・デ・ニーロ主演で映画化も決まっているとか。ストーリーは分かりやすいが、ちょっとヒネた人生観や、それでも一本筋が通っているところなど、いわば西洋版任侠物。俗っぽいが、それでも文学的な味わいもあって少しだけ上等。映画もきっとロバート・デ・ニーロなら日本のVシネマのようにならずに済むだろう。

設定として面白いのは、主人公がサーフィンを愛する60を超えた初老の男だというところ。これが中年では、まだ脂ぎっていてくどいだろう。枯れた頃にやってくるニヒリズムは、ダンディーでいい。かっこよさよりもお手軽さ・親しみやすさばかりがうける現代にあって、こういう世界をエンターテインメントの中で見せてくれるのは貴重。

登場人物のキャラクターが少々分りやすすぎる感じと、途中回想シーンが延々続くあたりはちょっと気が削がれなくもないが、じれったいと思う前にストーリーは前に進むので、ストレスを感じるほどではない。単純に、面白い作品だ。

犬の力(上・下)



(★★★★★ 星5つ)



(★★★★★ 星5つ)

探偵出身という変り種の作家ドン・ウィンズロウの、上下巻からなる長編サスペンス小説。ハードボイルドといってもいいだろう。「このミステリーがすごい!」2010年海外編第1位だとか。

この本を知ったのは、麻薬戦争について調べていて、ウェブ上の誰かの対談で引き合いに出されていたのがきっかけ。『犬の力』は、メキシコを舞台とする麻薬カルテルと主人公のアメリカ人取締官との壮絶な泥沼戦を描いたもの。
面白いのは、単に正邪の対決(つまり勧善懲悪が予定調和のもの)という筋運びでなく、主人公のアメリカ人取締官が、抜き差しならぬ麻薬カルテルとの因縁に絡め取られていって複雑な様相を呈するところ。実はその因縁ゆえに主人公は違法な行動をすることが可能になるという、設定上のギミックになってもいるのだが、いずれにせよその絡み合った関係の展開が面白い。

この種の小説を読む人は、心のどこかでそうした残虐を期待している。この小説でもそれは見せ場としてたっぷり用意されている。麻薬カルテル関係の慈悲のない凄惨な行動は実世界でも知られるところだが、血みどろのシーンが延々と繰り広げられると、うんざりしてくる人もいるかもしれない。しかし、それこそ作者の意図するところで、人の血が流され命が奪われていくことの虚しさを、そのシーンの連続によって描いているのだ。

設定は耳慣れないスペイン語の名前とともに覚えきるのがやや大変。すぐに慣れるが、長いので、ブツ切れにして読んでいると、「あれ、これ誰だっけ?」と本の冒頭の登場人物一覧を何度となく見返すことになる。あとは大体スムーズに読める。
しかし、設定や訳文で気になるところもある。1985年に登場人物がレクサスに乗っていたり(レクサスLSの初代は1989年に発売)、セックスシーンのクライマックスで女が「私の中に来て」と言ったりして「え?」と思ったり、そんな時代劇ごかしの言葉遣いはしないよとNYギャングの訳文に思ったり。そんなところはあるが、総じて言えば小さな欠点は無視できるレベル。紙数を費やしただけのことはあるな、と思えるエンターテインメント。

ところで、現実世界の事情について。これを書いているのは2010年の11月なのだが、このところ世界的に麻薬関係のマフィアの行動はすごい。イタリアで、マフィアの情報を官憲に流した人が50リットルの酸をかけられて惨殺されたり、メキシコで小中生の誕生日パーティーに銃を向けて10何人も射殺されたり、汚職まみれでしかも麻薬を取り締まろうとする要職が次々殺されたチワワ州では警察署長のなり手がおらず、ただ独り応募した20歳の女子大生が警察署長になったり。この物語の設定はかなり大掛かりなのだが、あながち絵空事ではなく、むしろ現実の方が上を行きさえもするとは何とも、と思いながら読んだ。