ブックレビュー『小説家のメニュー』


開高 健(著)


(★★★★★ 星5つ)

『最後の晩餐』と同じく、食に関するエッセイだが、こちらは珍しい食材をもとに持論を展開している。パッと見(読み)はやさしく、スイスイ読めるのだが、そこには途方も無い知見と食に対する深い考察がある。味を文章で表現するというのは、平明に見えてとても難しいことなのだが、はっとさせられるような表現で、口にした物の妙味が表されているところは相変わらず素晴らしい。

『最後の晩餐』では、たしか「筆舌に尽くしがたい」などということを文章家は言ってはならない、それを言い表すのが文章家である、というようなことが書かれてあって、味に挑んでいくペンという名の剣をはっしと振り回す様が痛快でかつ力を入れている格闘の様子が興味深かったが、この『小説家のメニュー』では、もっと洒脱に、よく切れるペティナイフでするりと桃の皮でも剥くように、鮮やかな「筆舌」を見せる。最後の最後に食を楽しむとはなんぞやということが実に完結な一文で示されているが、なるほどと思う。

世に自称グルメは増えた。食べログなんかでは味とはなんぞやということも考えたこともなければ、知識も舌も経験も持ち合わせていないような輩がいっぱしのレビューを書くようになった。
しかし、食に対する畏敬の念と、それに与する人々の存在とへの敬愛をもってこその食の考察であらねば意味を成さない。食の探究は、思索とは切り離しては考えられないところ、開高健の辿った食の軌跡を知るにつれ、実は現代は後退してさえいるのではないかと思ってしまう。
いずれにせよ、この本には食と知とから醸成されたエキスが詰まっている。それを味わいながら読んでもらいたい。(2012/10/29 記)