ブックレビュー『ノア ノア』


ポール・ゴーギャン(著)


(★★★★★ 星5つ)

去年(2010年8月)ゴーギャン展が東京国立近代美術館であって、数々の作品を見た。自分の中では、ゴーギャンはフランスと、フランス的・西洋的絵画界とを捨ててタヒチに行き、残りの人生をそこで過ごして名作を生んだ人、という先入観があって、この本を読んで実際は2年間しかタヒチにいなかったことを知って、驚愕した…と思ったら、この本は一度目のタヒチ渡航について書かれた本で、ゴーギャンは2年間のタヒチ滞在後資金に困窮してフランスに帰国した2年後、再びタヒチへ行き、マルキーズ諸島で死去している。

19世紀末にポリネシアを訪れた時の衝撃はいかばかりだったろうかと思う。ゴーギャンはこの本の中で、自分を「文明人」、タヒチの人々を「野蛮人」とわざと称して、西欧文化の優勢を皮肉っているが、文明化されるとともに真の人間性を失った西欧社会に比べ、旅行者や隣人を信頼して愛し、シンプルで純粋な感情に生きるタヒチの人々に、本来の人間的高位とは何かを発見したことが、表層的な文化的ギャップよりも大きな衝撃だったことだった。タヒチに伝わる神話を引用し、自分の生活体験を通じして、人の生の本質を発見していくさまが、読んでいてよく伝わってくる。そして、並の小説家よりもはるかに優れた文章が提供されているのにも注目。

ところで、これは文庫本ゆえ、ゴーギャンがこの本のために書いた多くの美しい挿絵が割愛されている。いくつかは縮小版がモノクロで載っているが、ぜひともこの体験をもとに描かれた絵の入ったオリジナルを見てみたいところだ。この点は残念だが、読み物としては上に述べたように、秀逸。