ブックレビュー 『もの食う人々』


辺見 庸(著)


(★★★★★ 星5つ)

『もの食う人々』が題名だが、より正確に言うなら、『食いたいものが食えない状態ながらも生(せい)のために食う、あるいは食えない人々』である。共同通信の特派員時代から世界各地へ行き、壮絶な戦争の地や病気の蔓延する国や地域などで生きていく(あるいは死にゆく・死んだ)人々や社会の様を、食をキーワードに描き出す。

何となくクラシックすぎる小説のような情緒を匂わす文体は、ドキュメンタリーとしては好き嫌いあろう。また、自分の社会思想や見地から飲み込み難いことが食に絡めて書かれていることに抵抗感を示す人もまたあるだろう。

が、著者の行動力と取材力、そこから落とし込んだ文章のもたらす情報量は圧倒的で、敬服すべきものであることに異論がある人はまずあるまい。
それは、この前に読んだ『絶対貧困ー世界リアル貧困学講義』石井光太(著)でも感じたことだが、仕事ならばそれだけの取材はできるだろうという域を超えている。この『もの食う人々』の中で時の権力者であった人にコンタクトできたのは通信社の特派員という職業ならではだろうが、そもそも意欲というか執念がなければそうはできないようなことをやってのけ、そこの有り様を伝える力が図抜けているのだ。

命をつなぐギリギリの食、命を繋げなかった食をめぐるエピソード、汚染や社会事情の壮絶を超えた諦観の果ての食等々、それらは、グルメだの食の楽しみだのといった、飽食とも言える生活をしている我々の胃の辺りに、ガツンと強烈なパンチを食らわす。

本が出たあとがきが1994年5月。ネルソン・マンデラが南アの大統領に就任し、ルワンダでジェノサイドがあり、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のまっただ中で、アメリカではビル・クリントンが、ロシアではエリツィンが大統領で、日本では村山富市が首相だった時代だ。読み手が世界情勢についてのある程度の歴史的常識を備えていれば、この本が訴えようとするところはより鮮明に伝わってくるだろう。もしそうでなくても、充分に読む価値がある。

人は生きていくために食べなければならない。言うまでもなく食は人の生活の根幹であり、何を日々の糧とするは、文化のみならず歴史、地理、社会情勢などが不可避的に影響する。
この本の中ではどれもが深刻で印象深いが、特に読んでいて今の日本で考えさせられたのは、チェルノブイリだ。如何に悲惨か、如何に荒涼か、如何にそこに生きることに諦めが必要なのかが、筆致を尽くして語られているが、もちろんその時には、今この日本で世界最悪の原子力発電所事故が起こり、放射性物質が撒き散らされた中日々の食事を考えなければならない状態になるということは想定されていない。我々は生きていくなかものを食い、どうやって生きていくのか。意識を新たにするに、必読の書である。(2015/5/6 記)