ブックレビュー『黒魔術の手帖』


澁澤龍彦(著)


(★★★☆☆ 星3つ)

澁澤龍彦訳のマルキ・ド・サドの本『悪徳の栄え』を高校時代に読んだのも懐かしい。

それはそうと、この『黒魔術の手帖』は黒魔術の手引きではなく、黒魔術のヨーロッパでの成り立ちを中心に書いたものだが、具体的(に一見みえる)メソッドなども書いてあり、妖かしの雰囲気が大いにある。もともと論理とは対極のところにあるものを扱うのだから、いかにも黒魔術が実在したかのような口調を澁澤は取っていても、その実、某大学教授のヒステリックな反オカルト主義から反駁されることは百も承知であるのだ。

バナナの叩き売りか浪曲か、はたまた見世物小屋の口上かといった具合でもっともらしく真面目ぶった「証拠」や「実例」とともに、黒魔術が紹介されていく様は、読んでいてユーモアを感じさせる。しかも、さらっと買いてはあるが、その1文1文、引き合いを出すのに相当な下調べをしたはずで、その労苦は並大抵でなかろうに、そうしたいわばアカデミックな活動を、こんなこと(注:褒め言葉)のために使う贅沢がこの本には感じられる。これぞカウンターカルチャーの真髄。

不満があるとすると、この本ではあくまで影やおどろおどろしさが本質であるが故にシリアスでなければならない主題を扱っているのに、その達観からくるユーモアが、主題のダークさを薄めてしまうところだろうか。いわば、セックスの興奮を高めるにはあくまで真面目にそれに没入しなければならないのに、集中力を削ぐ会話や笑いがあるようなものだ。(ゲイでいうと、ハッテン場でしゃべっていると迷惑がられるのと同じ)しかし、澁澤という知の樹海にいきなり立ち入るのに躊躇を感じる人には、こんな本をさわりにするのは、いいかもしれない。