ブックレビュー『関東大震災』


吉村 昭(著)


(★★★★★ 星5つ)

関東大震災について、徹底的に史実にこだわってレポートした本。興味深いのは、震災前に、東京に大地震がくるのかどうかをめぐって鋭く対立した東京帝国大学の2人の地震学者のことから叙述している点。事象とは、ただその時だけ独立して生じるものでなく、必ず前後があるものであることを見逃さない著者の視点は、さすが。

そして地震についても、細かい裏付けと事実を見事に整理して書いている。しかし、学術文献のように、生の事実をきれいにトリミングして精彩を失ったものにすることなく、リアリティにあふれる事実をきちんと書き出している。大地震になったら何が自分の身の回りで起きるのか? その疑問は誰もが持つところだが、そういった疑問に見事に答えるかのごとくの叙述は、歴史の風化とともに忘れ去られていきがちなことを現代に活かすという意味で、事実の記録が正確ということと共に、本書の特筆すべき美点である。

大震災とともに起こった混乱、デマ、そして朝鮮人虐殺についても、丁寧な取材と事実の洗い出しが試みられていて、その事実はあまりに陰惨で読むのが辛くなるほどだが、そんないわば日本の歴史の汚点とも言うべき事実を隠蔽・風化させてしまわず明らかにしようとする姿勢が見事。教訓にすべき事実として史実を活かすためになくてはならない叙述がそこにある。

小説ではないが、全編を通じて読者の注意力を引付け続ける筆の力・構成が見事な書。