ブックレビュー『ホモセクシャルの世界史』


海野 弘(著)


(★☆☆☆☆ 星1つ)

「世界史」と銘打ってあるものの、ほとんど西欧史とアメリカしか出てこない。筆者は世界=欧米と思っているのか?というのがストレスの溜まるところ。茫洋としたゲイヒストリーというフィールドを整理すべく、莫大な書物と記録の海から拾い出してきた情報は驚嘆に価する。よほど調べ物と書物が好きなのだろう。しかし、「世界」という定義がまずまずいのと、筆者がゲイたるものをどう捉えるのかの軸がブレているのとで、読んでいて「センスがないなあ」と思わされた。

ゲイをどう考えるのかについて軸がブレているというのは、まず「男性同性愛者」を指すのに「ホモ」と言ってみたり、「ホモセクシャル」と言ってみたり、「ゲイ」としてみたりと、一定しないことに現れている。
最初は、1940年代になってアメリカで出てきた「ゲイ」という言葉を中世や古代にあてはめるのがしっくりこないからわざとそうしているのだろうかと思ってもみたが、どうやら単にそう書いてしまっているだけのようだ。「ホモ」という言葉がスキャンダラスな差別的言辞であるから現在ほとんど使われず、「ゲイ」と言われている「世界的傾向」を著者は歴史から無視しているのだろうか?(笑)「性癖」だったり「嗜好」だったりするというのも、おかしい。

1980年代以降の同性カップルの婚姻に対する姿勢も、完全に誤っている。エイズが怖いから特定の性交渉相手を確保する指向が強まったので同性婚が出てきた、など、ちゃんちゃらおかしい。それから、80年代以降のことはアメリカしか書かれていないが、同性婚を法制化したのは、ヨーロッパが先行していることも、「世界史」から抜け落ちているのは、痛々しい限りだ。

ゲイをどう考えるのかということについて、筆者はエピローグで、相対的云々とか、友愛とか、曖昧な記述をしているが、根拠薄弱。断言するが、友愛では同性に対してペニスが勃起することはない。決して。対象に対する立場の曖昧なまま史実を羅列しているこれを最後まで読んでみての印象は、労多くして功少なし。結局筆者の自己満足以外、誰のためにもならない本。取り上げる素材は面白そうなのに、作り方で大失敗している某放送局の番組のようだ。しかも事実認識に誤りがあるので、この本の意義は、本人にとって本を書いたという単なるマスターベーションでしかない。