ブックレビュー 佐藤亜紀

(★★★★★ 星5つ)
(★★★★★ 星5つ)

天使


(★★★★★ 星5つ)

↓の『バルタザールの遍歴』がすごかったので、佐藤亜紀の作品に興味を持ち、次作であるこれを読んだ。初回作の圧倒的展開と知識量に慣らされていても、なおこれを読んでそれらに驚かされ続ける。緻密なプロットは登場人物も多く複雑なので、時間のあるときに一気に読んだ方がよいようだ。

物語は第一次大戦前後のヨーロッパを舞台に展開されるが、いわゆるサイコメトラーの特殊能力を持った主人公という設定が面白い。ちょっと俗に陥りがちなそうしたシーンの描写や、ハードボイルドなニヒリズムは、アニメオタクが大喜びしそうな展開だが、それでも品格を落とさないのは、作者の膨大で深遠な知識ゆえか。

文章は、純文学を嗜好する人が喜びそうなレトリックを、多分意識的にだろう、拒否するかのように取り除いてあって、短い文章の連続で構成されている。それは、修飾的になればなるほど、サイキックな設定と干渉し合って作品に贅肉がつくだろうことを避けて筋に集中させるためなのだろうか。それでも、日本人には凡そ馴染みのないマイナーな地名がどんどん織り込まれていて、その知的修飾は数限りないから、文章はそのそっけなさにもかかわらず、十分カラフルだ。

この人は、自分が得意とする(つまり限界にもなりうる)分野を十分心得ていて、そこで作を生み出すことにあらん限りの力で向き合っている。こうした真摯な書き方をする人は、○○系文学、などといった垣根を超えて、もっと評価されていいように思う。

バルタザールの遍歴


(★★★★★ 星5つ)

すごい人がいたものだ。どう考えてもヨーロッパ人が書いたとしか思えない。深い文化的背景と教養を、めまぐるしく展開するドラマティックなストーリーの小説として昇華させている。登場人物の名前の音や地名がぐいぐいと読者を世界に引きずり込んでいく。かといって、わざと日本語としてぎこちない表現をしてエキゾチックな演出を狙ったのではなく、文章そのものはこなれている。本の舞台そのものに立脚した立場から、華麗にエンターテインメントを展開しているのだ。
読みながら何度も「ええと、これは翻訳小説ではなくて日本人の小説だったよな」と確認した。「こんなのは自分には書けない」と、他の日本人小説家の誰もが思うだろう。こうして感想を書くのも怖くなるくらいだ。

そして着想が面白い。世界をあちこち飛び回るアドベンチャー小説の側面と、1つの体に2つの人格が同居する(しかし多重人格ではない)主人公というファンタジックな設定が、俗に墜ちることなく見事に一流の小説を形成している。たぶん、もしこれが西洋人の手になる小説だったなら、競ってハリウッドが映画化の権利を手に入れようとしたことだろう。いや、売り込めば即座に実現するかもしれない。

この小説ではいわゆる没落貴族が主人公で、その貴族の口から物語を紡がせるのだが、キザや伊達が成り立たなくなった現代、このスタイルを持たせているのはすごい。これだけの構想力だから、当然ストーリー運びも複雑なので、この本をもし面白いと感じたら、一気に読んでしまった方がよい。でないと何度もページを前に繰り直すはめになる。しかし、この本はすごかった。「このミス」なんてこの小説を前にしたら、ションベンちびって(失礼)尻尾を巻いて逃げ出す他ない。

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