ブックレビュー 小川洋子


完璧な病室


(★★★★☆ 星4つ)

表題の作品を含む短篇集。小説はエンターテインメントのひとつとしてやたらドラマティックな物がもてはやされる昨今だが、自分の知っている世界を持ち札として、細かく細かく世界を描き出してゆくというのも、ひとつの小説のやり方ではあると思う。

これは、医歯薬系の素養のある作家が、医療にまつわる世界をモチーフとして、しかし専門的にはいっさい掘り下げず、そこにいる人間、とりわけ自分のありようを点描画のように淡く細かい印象で綴った作品群だ。ひとつとして理解し難い単語はなく、誰もが想像しやすい世界で物語は展開される。
少々昼ドラマ的な「抱いて下さい」世界と、これまた主婦が好みそうなほどよい筋肉質の水泳体型の男とが出てくるが、ベタで下世話な描写ではなく、品は保っている。俺が小説を読む時には、単純な男女の恋愛物は読まないことにしているのだが、こうした世相的な舞台での男女の関係が上品に描かれる限りは、読んでも「あーあ」という気にはならないので、読んでいられた。

この淡い作品集でではどこが見どころ(読みどころ)かというと、時折現れるはっとした新鮮な言い回しや、生きてゆくことの実感や、どこか冷酷さを生きるためには人間携えてゆかねばならないところなどを感じることができるところだ。じわじわ日常を描き出すところは少し村田喜代子を思い出したが、これも、そうした日常に潜む出来事を注意深く味わうことで人生を深めていくことを思い起こさせてくれる。
物語の運びで突然飛び出すような強盗や火事の設定はちょっとそぐわないアクセントにも思えたが、全く何も身の回りにドラマが起こらない人というのもいないだろうから、その辺りはかえってリアリティーに華を添えるといったところか。(2012/10/2 記)