ブックレビュー 平野啓一郎


滴り落ちる時計たちの波紋


(★★★★☆ 星4つ)
久しぶりに平野啓一郎の本を読んだ。語彙力・実験的組み立て・小説好きを満足させるレトリックなど文句のつけようがない。面白いのは、いずれもどこかsyntheticなところ。この本は短編集なのだが、昭和前期を思わせる端正な文体の作品にしろ、実験的構成で突然終わりを迎える物にしろ、引きこもりの心情をこれでもかと掘り下げるにしろ、極めて自然に見えながらどこか創作物として平野流の手がかかっている点を常に感じさせる。そこが鼻につくという人には嫌なのかもしれないが、俺は読んでいて面白いと感じた。

ただ、ここには短編の集合体で自分の力をまざまざと見せつけ、読者に挑戦しようとするかのような難解な挑発があり、そこが読んで素直に「ああ面白かった」とは思わせないところで、引っかかるといえば引っかかる。読みやすいか読みにくいかということでいうと、いくつかの作品は文体は親しみやすいけれども、果たしてその意味するところはどこに、と考えると読みにくく、その他の作品は単純に読みにくかったりする。つまり全般に読みにくい。(笑)それはもちろん計算づくなのだろうが、どこかミシュランの星付きレストランの料理が、客に献じるのではなくどうだと勝負してくるようなのと同じ感じを受けた。そうした対峙を厭わない知的体力のある人向けの本だ。(2018/4/14 記)

日蝕・一月物語


(★★★★☆ 星4つ)

よく言う『彗星のごとく』デビューした華々しい人で、本の表紙の折り返しに顔があって、「ああ、そういえば芥川賞のニュースで昔見たことがあったなあ」と思い出した。最近の小説は文章自体の味わいの薄いものが多くて、絢爛とか壮麗とかいった文体や、思いもしない単語にぶつかって「ん?」と思わせるような知の楽しみを味わわせてくれるものが少ないが、『日蝕』『一月物語』いずれもそれを楽しませてくれる。
一見、目も眩むような古い言葉遣いに幻惑されそうになるが、慣れると読みやすい。そして、ストーリーはグリム童話のような、昔話のような、筋を追うのが楽しくなるようなもので、小説の骨子としての推進力がある。

それにしてももはや古文体ともいえる言葉の掘り起こしとシミュレーションをよくぞやったものだと思う。言葉を悪くして言えば、とてもよくできた三島記念館的テーマパークのようなもので、なぞるコツさえ覚えてしまえば造作もないことなのかもしれないが、言葉を使いこなすというのは、その言葉を自分のライブラリーに備えていなければできないことで、圧倒的な語彙力をうまく使いこなしてうまく造りあげたものだと思う。
懐古趣味とあげつらう批判もあり得ることを十分承知で書かれたのだろう。デビュー作というのは、音楽にしろ、小説にしろ、映画にしろ、いくぶん自分の能力のデモンストレーションにならざるを得ないが、人を驚かせるに十二分と言える。