ブックレビュー 福永武彦


草の花


(★★★★☆ 星4つ)

肺病病みで、憂鬱で悲恋で蒼くて純粋で、思想に燃えていてしかし実行力が伴わず……、と、時代の空気・小説の潮流のオンパレード。そこから志向脱却できないものか、と、詠んでいると少々じれったく思えるが、読者をそれだけストーリーに入り込ませる力がこの小説にはあるのだろう。
あまりに素直に男性が男性に「愛している」と告白するシーンは、読んでいるこの自分自身がゲイであっても、気恥ずかしいようなハラハラさせられるような気分になるのは、そうやって蒼く透明に作りこまれた世界の描写が、ストーリーを際立たせている効果であって、はっとさせられる。

対して、戦争に対する義憤の叙述は、何だか薄くて説得力がない気がする。それはこの小説がひたすら孤独で透明な世界を描く筆致で統一されているがゆえに、どんなにクリティカルな局面でさえもどこか詩情を湛えたものになる結果なのかもしれないが、舞台設定が戦中戦後であっても刊行されたのは1956年で、そこから戦中時代を振り返れば御國万歳の姿勢や戦争の非道に対してこれくらいなら誰でも言える程度のものだと感じられてしまうからなのかもれしれない。

作風は全体に上品だから、現代の塵芥(ちりあくた)に疲れてしまったら、読むと純粋さを取り戻せるかもしれない。刊行当時のままと思われる文庫本の表紙も、下品でセンスのない最近の装丁と違い、タイトルとマッチしていて上品でいい。