ブックレビュー 円城 塔


屍者の帝国

伊藤計劃×円城 塔の本作については別ページ参照

Self-Reference ENGINE


(★★★★☆ 星4つ)

ヴィレッジバンガードで見つけ、背表紙に書かれた作品の要約を読んでこの本を書った。アナーキーなマイナー作家なのかと思っていたら、この作品ではないが、後に芥川賞を受賞しているのだそうだ。受賞者リストにまったく興味がなく、知らなかった。

さて、それはそうと、これはSFである。幻想文学といえなくもない。短篇集のように思えるのだが、それぞれが章になっていて全体を形成している。そして、この表紙のデザインが暗示しているように、すべてが還流して一宇宙を形成している。しかし、そうして物語が全体でもって一つの世界を形成しているというのが明確になるターニングポイントは、全体の3分の2ほど読み進めないと見えてこない(それまでは『巨大知性体』という言葉が複数の短編(章)で出てくるが、同じテーマで書かれた別作品のように見え、牽連性があるようには見えない)。そのことを頭において読み進めないと、フラクタルで気ままな文章とSF的科学用語に翻弄され、イライラさせられるだろう。

SF的、といったが、SFであることには違いない。しかし、通常のSFにあるような近未来設定や、「実在する理論の中で未解明だったり通常の法則上ではあり得ないがそれらがもしあるとしたならば」という、「ありそうな嘘」の枠で物語を進行させていくというSFによくある前提をこの本は採っていない。書かれている場面が時間のどの局面のことを書いているのかは、単純な過去→現在→未来という時間軸からは完全に切り離されて、その浮遊感が独特の世界を生み出している。
上下左右も前後も、過去も未来もなく浮遊する感覚であるから、ここでは作者が経歴から得たと思われる数理用語や物理用語などは、それが何を意味するのかまったく分かっていなくとも読むのに支障はない。むしろそうした言葉ひとつひとつの定義を理解してこれを読んだら、イマジネーションが制約されるだろう。理系的世界ではなく、そうした語自体を楽しみ就職的に記述することで、文系的世界を編み出しているのがこの作品の特徴の一つだからだ。

読んでいた時には焦れたが、3分の2を過ぎて挽回できたので星4つ。(2012/5/31 記)