ダークサイド I-6 「家族」の終わり


『ダークサイド I-5 依存と呪縛から離れる』からの続き)

破綻の顕在

セックス依存は数年間続いた。夜な夜な近くの公園に出かけて行っては行きずりの相手とセックスしていたが、自分が受け入れられるのかを確かめたいという動機が動機であるので、常にどこか冷めていて、セックスには依存していても性感染症にかかるようなリスキーなセックスはしなかった。
そしてそのうち、人は周辺事情をとっぱらって肉体だけの存在になったとしても肉体的な特徴が好みに合っていればそれに他人は釣られるというだけの単純なものだと分かったので、自然に依存は解消していった。ただし、そうなるまでに数年はかかったから、相当回数はしたと思う。

仕事をし始めてからは、時々親とは電話で連絡を取った。こちらから電話をかけることはそうそうなかったが、時々電話がかかってきていた。母は相変わらず不平と愚痴と悲嘆との鬱陶しいことばかりを話した。父は仕事で時々東京に来る時には、俺を呼び出した。俺は仕事を始めて金銭的にかつかつであったので、父の虚栄心に乗っかって、食事に付き合い、時に帰り際に小遣いをもらった。
食事の間は一見なごやかな話をした。父は、大きなビジネスが入るだのなんだのと吹聴していたが、(一聴しただけで怪しい話もあった)泊まりの仕事の時には、昔から定宿にしていた帝国ホテルのエグゼクティブフロアに相変わらず投宿していた。そういう習慣は、いかに情勢が傾こうとも、そうそう直るものではない。いわば習慣病のようなもので、「直るものではない」というよりは「治るものではない」という方が正しいかもしれない。よく、会社が破綻したりした時に経営者がのうのうと贅沢な暮らしをしていて云々と非難されるようなことが見受けられるが、あれには思うに要因が2つあって、1つは経済規模がある程度以上になると、収入も赤字も大きくなって、その規模ですべてのことが回るので、暮らしぶりは見た目には急変しないことが挙げられる。経済にも慣性の法則があって、図体が大きくなるほど急には止まらないのだ。そしてもう1つはもちろん、本人の見栄と欲で、この場合にももちろんその2つがあったことと思う。

窮状

いよいよかなと思われた出来事があった。俺は、編集者として入った出版社を数年して辞め、転職を数度した。その間、金がない金がないと母があまりに嘆くので、幾度かボーナスを母に渡した。全額渡したこともあった。こちらも生活はカツカツだったがしょうがないと思ったものだ。
出版社に在職していたある日、買い物をした時に家族カードで支払おうとしたら、決済待ちになっていると言われてカードが切れなかったことがあった。(ほとんど使う機会はなかったが、小さな出版社に中途就職では独自名義のクレジットカードは持てなかったので、未だに家族カードを持っていた)

両親の離婚

そして、新たに生じる債務の連帯保証責任を免れるためという名分で、両親は離婚した。(カードの件と離婚の先後関係はこのとおりではなかったかもしれない。記憶が曖昧だ)両親は当時まだ実家で生活をともにしていたが、家が傾いてきて以来、ことあるごとにヒステリーを起こしていた母は、死ぬの何のと騒ぐのを繰り返していた。が、もちろん実行に移す勇気はない。死ぬ死ぬと騒ぐ人間に限って死なないものだ。

妹は、俺との同居解消後、数年を東京で過ごしていたが、その後実家に戻って、やはり司法試験の勉強を続けていて、その傍らで父の法律事務所を手伝っていた。相当修羅場だったことと思う。俺のカミングアウト事件後は、自分の大阪暗黒時代は妹がカミングアウトを受け止めずに混乱したことが引き金になったと考えて妹を恨む気持ちから数年話もしなかったが、俺が仕事で東京に戻ってからは、いつしか話をするような間柄になっていた。
母の騒ぎやら父のおかしくなっていく様子に妹も疲弊していて、そのことを気の毒には思ったが、俺ができることはなかった。働き始めて数年では余裕もなく、何より、両親のことに関わって彼らから精神的に冒されるのを避けることが自分の精神の平衡を保つのに必要だったからだ。

今では妹も結婚し、俺は俺でパートナーと暮らしていて、たまに連絡をしており、落ち着くべきところに落ち着いた距離感であると思う。この後も妹は家族との関係性で話中にところどころで出てくることになるが、妹には妹のライフキャリアがあってそれは妹固有の領域で、彼女が体験したことの多くを正確には知らないので、ここでは割愛する。

パートナーTと同居

3度目の会社に勤めていた頃。大阪から東京へ戻ってきた時の家からは引越して、友人とマンションをルームシェアしていた。そのマンションを借りる時の保証人には、友人の仕事関係の雇用主がなってくれていたので、保証人を俺が立てる必要はなかったが、そこからさらに引っ越すことになった。定期借家で期間満了になったところで更新がなかったことと、ちょうどそのタイミングで俺が当時付き合いっていたパートナーTと同居することにしたからだ。

『ダークサイド I-7 ゲーム・オーバー』へ続く→