ダークサイド I-0 The Beginning


インナーチャイルドとか、アダルトチルドレンとか、毒になる親とか、そういうものが注目されて久しい。自分の生育環境を親子関係に焦点を当てて振り返るに、かなり問題があった。ここには茫漠と頭にしまい込まれていたことを、書き出して可視化してみる。誰かを責めるためではなく、自分のことを自分で理解し、前に進むために。

両親のアウトライン

親の性格を比較すると、母の方が父に比して性格的にゆがんでいたと思う。父もまた、ゆがんでいる人だったが、牛は牛づれ馬は馬づれということだろうか。父母それぞれの生育背景も違えば、ゆがんでいる形・程度も違うが、ゆがんでいる者同士がくっつくのは、当然といえば当然。あるいは、最初はわずかだったゆがみが、両者が一緒になることで共振し、増幅していったのだろうか。

母は、戦時に自分の母(つまり俺の母方の祖母=以下A)を失い、継母(以下B)に育てられた背景を持っている。俺はAを知らず、俺にとって祖母といえばBでしかない。
母はBに育てられた時のことを、限定的な愛情しか与えられなかったと回顧するが、俺が知る限りでは、Bと母の関係は良好で、Bは母にとてもよくしていたし、俺にもよくしてくれた人だ。性格的にもバランスが取れていて、謙虚で明るい人であって、不意な姿を見た時にも、人間性が違っていたことはない。

が、母は愛情欠乏症だった。母は、一言で言えば強度の自己愛性人格障害。自分に注目を集めていないと気が済まない、ネガティブ・シンキング、他人をコントロールしようとする欲求が強い、他人を見下して傷つける言葉を平気で吐く、猜疑心が強いなど。その一方で外面はいい。

母は、裕福ではあるが愛情は限定的な(とは思われなかったが、本人はそう感じていた)家庭に育った。まだ4年制大学に女性が進学することはとても少なかった時代、旧帝大に進学し、大卒後は建築学を専門学校で教えていた。
後に俺と妹を産んでからは、子育てのため、その専門学校の講師を辞めた。そのことは外に出る機会が失われ、フラストレーションを募らせていた。フラストレーションの裏には、「自分は第一等で扱われるべき」という傲慢な性格が横たわっていて、「自分は我慢させられている」「自分は犠牲者だ」という被抑圧者概念があった。そしてそれは、積年のうちに増長してゆくこととなる。

父はそれに対して、自分の関心が家庭の外へ向かっていく人だった。なので、母がいじれていることに対して、気を払わなかった。それは、母がうっとうしい存在で、母の方を向いていたくなかったということと、権力欲が強く、外へ外へと自分の世界を拡大していくことに意欲を燃やしていたということがある。
外へ向いていくことの要因としては、親族に医者や大学教授の多かった母を見返してやりたいがためということも大きくはたらいていた。育ちの点で、父は常日頃から母に馬鹿にされており、母がよく「あなたの家は育ちが悪い」と面と向かって(周りに他人がいようといなかろうと)屈辱的な言葉を父に言うのを見聞きしたものだ。
しかし実情はどうだったかというと、父の家庭は平凡な一般家庭で、兄弟は多かったが、その当時には珍しいことでもなく、父の父(つまり俺の父方の祖父)は某紡績会社に勤めていて、家も構えており、さして下層な家ではなかった。

父は俺の出生当時、司法修習生で、後に弁護士になるのだが、母と結婚する時(司法試験に合格する前)、母の祖母から社会的地位を指して「無冠の帝王では困りますね」と嫌味を言われたようだ。父は、某旧帝大の法学部を卒業した後公正取引委員会に務めていた、いわゆる官僚ではあったのだが、公取の勤め人はサラリーマンにすぎないという見方をされていた。

父は、母と結婚してから司法試験に合格し、当時社会の成功者とみなされていた弁護士の地位を手に入れると、それまでの屈辱を晴らすがごとく、「権勢を振るう立場は自分である」ということに、ことさらこだわりを持つようになった。
しかしそれは、母と拮抗することで母に不利かというと、そうではなかった。逆に、常にステータスを求めている母にとって、それは自分の株を上げることとして、本望だったのだ。

父は家にいること自体は好きで、朝、裁判に間に合うくらいの時間にややゆっくりめに仕事に出掛け、夜は比較的早く帰ってきて夕食を一家で摂るというのが常だったが、それは、家族を愛しているというよりは、「こんなモデル家庭を築き上げている」というのを楽しむため、いわば自分で作った箱庭を眺めて悦に入るようなものだった。
その箱庭を美しく仕上げるためには金も暇もせっせとつぎ込むが、箱庭の人形は人形である役割として常に美しく行儀よくあらねばならず、ましてや箱庭の外にはみ出てしまうことは、自分の所有するコレクションとして許されざるべきことであった。

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