戸隠へ その三

鏡池を見てから、戸隠神社も見ておかねばと思う。結局タスクを設定して、それをこなそうとしている自分から逃れられない。一度見たら満足してしまってもう来ないだろうなと思うと、これまた貧乏根性がはたらく。有名な神社だからどーんと社屋が一つあって玉砂利でも敷き詰められていて、というのを想像するに、違った。戸隠神社は五つの社殿があって、ロケーションも異なっているのだそう。

駐車場に掲げられた図が「五社案内」とあるが、走ってきた道で宝光社と中社は見かけたので、大体正、中、奥の三つほどに分かれているのだろうなと勝手で大雑把な判断をし(本当は標高の低い順に、宝光社、火之御子社、中社、九頭龍社、奥社があって、前二社は敷地が違うが近く、中社は独立、そして後二者が同じ敷地内に近接している関係)、奥社でも見ておこうかと車を走らせた。大抵こういう奥の院がある所は、そこに趣があって、それを見れば大体の雰囲気が掴めるだろうと。それに俺はさほど信心深くないのだ。

ナビをセットすると、一部曲がれない所があって、少し遠回りをして奥社参拝用の駐車場に着いた。そこからおよそ2キロ、参道を通って行くのだという。

これが結構なハイキングだった。大鳥居をくぐると、緩やかに上り坂になっている参道が一直線に続く。

かつては石畳だったのが、石はそれぞれ丸まり、所々なくなったり細かくなったりしていて、若干歩きにくいが、それでもいい散歩道だ。脇にはせせらぎが走り、人と離れて歩くとそのそよそよとした音も聴こえる。時折木漏れ日が、始まった紅葉の木々を美しく照らし、清浄な空気は心地よく、これは名所だなと素直に感じられる。

山門が見えてくる。屋根には緑どころか若木さえ伸びていて、昔話にでも出てくるような門だ。

先に杉並木が見える。あれを抜ければ社屋だろうなと予想しつつ、山門をくぐると、壮麗な杉の大木が両脇に並んだ道は、一段傾斜を増して奥へと続いている。看板を見るに、400年ほど経っているのだとか。

のどかな参道を行き、朱門をくぐって、さらに上り坂の道を大木が囲む。荘厳さの演出がうまいなと思う。しかしまだ社屋が見えてこない。行けども行けどもこの杉並木なのだ。途中、根本がうろになった木には、しめ縄と供え物がある。

カーブを描き、また景色が拓けして、脚が疲れてくる頃に、経を唱える声が聴こえてくる。さてだいぶ歩いたし、そろそろだなと思って声のする方を見たら、違った。参道を逸れて入ったところの平地で、祈祷を受けている人がいて、その前に正座した坊主の読経なのだった。
神社で読経?と思ったが、実は戸隠神社と名乗られたのは明治になってから。それは、神仏分離による措置で、江戸時代には東叡山寛永寺の末寺だったとか。杉並木はその頃の植樹だ。(参道の立て札で知った)。しかしそれより以前、開闢のいわれは天岩戸の云々という、漠たる神話に基づく。神仏習合の時代のとおりの、宗教体の混交具合は今も読経として流れる。

さて、そろそろ姿を見せてくれないか、さすが天岩戸だなと皮肉のひとつも頭に浮かんだところで、まだまだだ、と石段が立ちはだかる。石段であるから、杉並木よりも一層斜度は険しい。というより、完全に登山である。付近には参道の途中から入る登山道もあって、登山の装備が必要と書いてあったが、ここでもそんな格好でおかしくない具合なのだ。

楽々行って、「へー」と眺めてパンパン手を打って帰れるものだと思っていたら、えらい目に遭った。息が切れるほどだ。足元は履き慣れたスニーカーだったからよかったが。

石段をどれくらい上っただろう、いい加減嫌になってきたなと思う頃、やっと社屋が見える。とりあえず、参りはするのだからと手水をつかう。まず奥社に近接した九頭龍社。いわれは面倒なので読み飛ばしてしまった。そしてその向こうに、奥社。開運、心願成就、五穀豊熟、スポーツ必勝を謳うところだそうだ。ともあれ、パートナーと犬達のことを頭に手を合わせる。犬達にも神社の神徳があるのかどうかは知らないが、心願成就とあれば願っておいても悪くはないだろう。

奥社から振り返ると、山が見える。随分上ったものだ。俺は何でもないドライブをしに来たんじゃないのか。ちなみに社殿の中は撮影禁止なので、敬意を表して表も撮らなかった。行かないと見られない景色があってもいいではないか。

下りる道々、こういう場所には年配の人がたくさんいるのはもちろんだが、目立っていたのは外国人観光客。英語、米語、中国語、ドイツ語、フランス語と、様々な言語が聞こえた。今は通り一遍のフジヤマゲイシャでなく、より深い体験が日本旅行では魅力なのだと聞くが、それを実践している人々が多いのだなと実感。

下山し(二キロではあてもまさに登山のようだったから、この言葉がふさわしい)、ソフトクリームなど舐め、少し休憩する。あとは市街に温泉があるようだからそこに立ち寄って帰ることにする。

温泉に向かって戸隠から下りてきたら、ちょうど道の正面が善光寺。多分もう来ないから見ておくのも、と、また邪に物見をすることにして、立ち寄る。

ここはもう観光地以外の何ものでもない。平日の夕方近くだが、人は溢れかえり、修学旅行生達がわらわら通る。敷地の広さと、その広い敷地に対して行き届いた手入れに、寺としての崇高さよりも、金の匂いを感じる。ふうん、と眺めて一回りし、車に戻った。

ここから車で七、八分の所にある、えらく宣伝されている温泉施設へ。箱物行政の亡霊が、長野には結構ある。一昨年の秋、小布施に行き、その帰りに野沢温泉に立ち寄った時も、そんな施設があったが、ここは長野オリンピックの残滓のような野沢温泉の施設よりもまだ新しく、しかし地域周辺を見ているとこれが見合っているはずもない感じで(土地が余っていて広い平置き駐車場がある他に、五十台収容の地下駐車場を備えた施設が必要か?)、泉質はまずまずだが体育館のようなスチールロッカーなどを眺めて、金の還流とは、などと考えてしまった。新鮮な空気を吸い、神社に参っても、全然清められていない。

帰京の道路は概ね快適。関越の渋滞にもはまらず。という訳で徒然旅行をと画策しながら残念ながら充実してしまった戸隠日帰りだが、秋の日帰り行楽としては、良かったのではないかと思う。またふとどこかへ一人で出かけよう。ちなみに、パートナーは俺の一人ドライブは大歓迎で、「面倒見きれないからどっか行ってきて」と言われることもしばしば。失礼な!

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